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三毛猫、12歳。我が家の4代目。雌。躰の大部分は白いのだが、代々の名前である『クロ』を襲名。 動物病院の玄関に、“生後1週間の猫が、飼い主を待っています”、と貼り紙してあったので、キャリーケースを持って貰い受けに行った。本当に小さくて、愛くるしい猫。 猫の分類としては和猫で、数年、尻尾が短く太かったが、じきに細く長くなり、又少し短くなった。顔を見た人の印象では、とてもインテリぽい表情とのこと。ワタシの部屋で、机の端に座ってこっちを見ている時に、「お前の来世は大哲学者だよ」と言ってきかせるのだが、にっこりとする。ちょっと神経症かな、といった顔付きになることもある。 可哀想だったが、獣医さんが、「不妊手術をした方が長生きしますよ」と勧めるので、手術して貰った。猫らしい野生的可愛らしさが大分亡くなってしまったのは残念だった。勿論、子供を産んだことはない。 暫くは、2Fのワタシの部屋で飼っていた。食べる物は、キャットフード。それも白身の魚とマグロの赤身といった高級な缶詰しか食べてくれない。肉類は一切受け付けない。人間の食べ物は、お刺身以外はほとんど食べない。後は、焼いた鯵のひらきを少しだけ。 安普請の家だったので、2Fに、1Fの音は筒抜けになる。クロは、1Fにも人間が、いや同類が住んでいる、と解ったらしい。ワタシが家族と話しをしている声も聞こえるだろうし。1ヶ月後、階段を降りて1Fに行き、家族と対面。恐怖心もなく、安心したような顔だった。家族が、「おや、随分可愛い猫ね」と抱いて、頬や喉をさすってやると、ゴロゴロと喉をならせて喜ぶ。母や姪など女性に抱かれることを好む。寒い季節は、ワタシの布団の中に入ってくる。 しかし何故か、この猫は、ニャーニャーとは鳴かない。声を出せないわけではない。声を出さないように注意しているらしい。時々、無意識の時なのか、何のわけもなく鳴くことがある。それはおそらく、何かを求めているということではない。気配りが途切れた時、無意識のうちに鳴くのだ。何か、寝ぼけているような声だ。 2Fだけにいた頃は、排便も猫用の砂のトイレで済ませていたが、それも躾けたわけではなく、自分でそれを選んでするのだが、1Fに降りてからは、部屋の窓から庭に出て、植え込みの中の土をちょっと掘ってするようになった。先天的な習性なのだろうか。 餌を固形のにしたら、初めからそれに順応した。ミルクは一切受け付けない。お刺身は、マグロの赤身は食べるが、カツオの赤身は食べない。人間よりシビアーに違いに気付くので、このお刺身、マグロかしらカツオかしらと迷う時は、クロに検査して貰う有り様だ。 洗濯機の隣に瀬戸物の水槽があるのだが、その中に入っては、上を向いて目を細め、お風呂にしてとせがんでいるような顔になる。それで夏に、洗濯機に入れてあるお湯のホースを外して水槽に入れてやると、とても満足そうな表情をしていた。シャンプーしてあげると、ご満悦の様子。そういうことをして貰うのを、生まれながらに知っていたかのようで、ちょっと気味が悪い。しかし、それで、『文化猫』と渾名が着いた。 その猫が2歳の秋、家を建て直すことになり、150メートルぐらい離れたマンションに1時的に部屋を借りたのだが、家から離れ難いクロを、そのマンションに住まわせるのには苦労させられた。最後の解体の前夜は、僅かに残った小さなスペースに、仲のいい猫と一緒に並んで必死の形相で籠城してしまい、キャリーケースに入れようとすると爪を立てられ、歯で噛みつかれ、とても痛い目にあった。 工事が始まると、毎朝クロはそこに戻って建築中の家の敷地内に入り、夕飯まで、どうなるのかしらと心配気に眺めていた。ワタシはそれをキャリーケースに入れてはマンションに戻り、家族の一員であるという仲間意識を持たせてあげようと、大分苦労したのだった。 そうするうちに、1匹だけで夕方には戻ってくるようになった。次第にマンションにも慣れたらしく、隣の窓辺へ遊びに行ったりできるようにもなった。家が大方出来上がった頃、キャリーケースにクロを入れて早朝から出かけていき、庭に出してやったのだが、ワタシもそこにちゃんといるので、この家に住むんだということが分かったとみえ、大はしゃぎで庭を飛び跳ねて喜んでいだ。 荷物を新築の家に運び入れるようになると、クロの目が嬉しさに弾んでいた。その一方で、引っ越しが完了してもなお、クロはそれまで借りていたマンションも自分の家だと思ってしまったのか、1匹でも行ってしまうという有り様なのには驚いた。マンションまでの道はくねくねしており、犬も通るので、犬を飼っていない家の庭を縫うようにして、何とか無事に行き来しているようだった。 新しい家の柱に爪をたてて、ガリガリと引っ掻くもので、壁紙がアッという間にボロボロになったのには閉口したが、新しい家にもすぐ慣れた。各部屋がどうなっているのか、クロは隈無く調べ上げては悦に入っていた。家族も皆いるので、それも安心の要素だったのだろう。 |
Inohiromi |