両性具有文学
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小説のWeb化に寄せて  井野博美氏からのメッセージ


 両性具有者の意識については、ワタシが生来追求しているものですが、色々な作品を通して少しは描けたかと思っています。ことに内面描写にはこだわっているのですが、それをしないと実生活を肯定できないのです。というのも、生きていると感じられるのは、小説を書いている時ぐらいのものだからです。
 また、両性具有者として生まれたという運命的なことが、両性を顕さないと、自分の造物主に対して申し訳ないようにも感じています。心の中に生起する自意識が悶える様を文章にし、どちらかの衣装を交互に纏うなどして、自分の造物主に対して畏敬の念を表明しているとでもいうのでしょうか。
 化粧室を使う時に、かなり気分が揺れ、今度はどちらに入ろうか、こうするしかないか、などと自分の性別(ジェンダー)を選択し、肯定するのに悩みます。この悩みも毎回、その日の感覚や合う相手によって異なるのです。
 友人を作っても、相手が性的に片方であっても自分は片方になりきれないので、恋愛に至ることはありません。現実世界で欲望と悩みを噛みしだくことができにくいことから、内的意識の葛藤が始まり、それをノートに書き付けて苦悩を手にとって眺めるのです。自己分析、あるいは自己省察の始まりです。それは結構、有意義なことではあります。自分を磨く、という点で…。
 恋愛に到る可能性のないお付き合いはワタシには必然的ですが、相手には時間の無駄を強いているようで、こちらには心苦しいものでもあります。特に青春時代には、罪の意識に陥るようで、過ごし難いと同時にそうならざるを得ない自分の躰に深く傷つき、やり切れない思いをするばかりでした。
 しかし、性行為をしたくはないが友人と性的対でいたいというなかなか実現しない願いから、友人を持ちたくて仕方がなかったというのも現実の一つでした。これには、今も変わりはありません。そういう願望がなぜ起こるのか、人間とはそういうものなのか、と懐疑的になっていくうち、青春時代に無常の心を養って行ったのでしょう。
 青春地獄の中では、自分の心を見つめるだけで自分を維持することはできず、恋愛を妄想しては内面描写の多い物語を書くことで孤独な心を紛らわせてきたようです。若さにあっては島流しのような状態でもあるのですが、恋愛妄想は、両性具有者にも複雑にあります。
 青春期に、一番重苦しく、無くしてしまいたいと思ったのが「性的自己同一性(ジェンダー・アイデンティティー)」という概念で、これを押し付けられると精神的に生きて行けないというパニックに陥り、抵抗しなくては、という意識を心密かに抱いて他人と付き合ってきたのも事実です。そう意識しなくとも、客観的には反逆児だったかもしれません。自他共に、性世界を越境侵犯するのですから。
 性行為も数回したことがあるのですが、肉体についての了解があってからのことでした。その了解を得るのには、青春時代には為し難かった、精神的に、という経験を持っています。隠していたかった、ということです、自分の本性は。それが何故だか、自問しても答えは返ってきません。今ではどうにもならないこと、性行為などは、という厭世観でいっぱいです。でも、愛を希求するのは、人間だからなのでしょうか。
 恋愛はし損なったが、愛の心だけは持っていたい、これは、今も変わることのないワタシの基本的心理現象です。愛の心はあるが、リビドーがどちらに向いているのか定かでない、というのが現実ですが…。
 空想的・妄想的恋愛を実現すべく、物語を書いてきました。これは人間愛を求める、ワタシの修練と葛藤です。よってワタシの作品は、両性具有者の愛と現実を膨らませたものになっています。
 普通の性意識からは免れたいが、自分の性意識には執着するという、ワタシにとっての性意識を追及せざるを得ない段階にあるので、今書いている物語も、両性具有者の心を見つめるものです。その具体的生き方については、作品を通じて理解なさってくださいと、そう申し上げるしかありません。
 最近では、男装したり女装したりに性的官能の変化を感じなくなり、どうでもいいわこんなこと、と投げやりで、装飾品にも興味はなくなり、性的特性もぼやけてしまったわ、と眺めせしまにです。現在は、作品を、より自分の現実に近いものにしていきたいと欲しています。
 マイノリティーは、それを維持するためにストイックさを要求されます。これが先細りにならなければいいが、と幾分危惧してもいますが、今のうちにどんどん書いておこうとも思っています。両性具有者の、愛の心を描いてみたいのです。
 両性具有者の日常性はあまりにマイナーな感覚の中にあるため、一般人の、ある種の特殊志向によって捉えられるのが実情ですが、性に人間を縛ることになる設備を設けるのは避けたいものです。一般人に対して自己を提示するしかない人間の、自己顕示を守りたいためでもあります。
 バリアフリーを能動的に要求するのではなく、受動的に突きつけられるというのが現状ですが、程々にするのが懸命かと思われます。女性でいる時は女性用の化粧室を使いましょう、ということぐらいです。軋轢を起こすと自分の性に嫌気がさすので、それを避けるには、個人的に見計らうしかありません。一般性の隙をつくとでもいうのでしょうか。
 これらをも含み、両性の亀裂地帯を歩んできた人間の、苦悩と欲求を被る作品群、すなわち悩める意識を摘出する行為に、青春時代から取り組んできた人間の素顔が見えたら、かなり満足がいくと筆者のペルソナ(人格とか仮面)は頷くでしょう。解ってくれる人がいたら、幸せです。
 面とペルソナについては古来多くの哲学者や芸術家が語っていますが、ワタシもその問題に興味を持っており、一番最初に書いた『アンドロギュヌスの肖像』においても少なからず提起しています。面とペルソナは、このタイトルを付けたシリーズの理論的支柱の一つを為すものです。小説のWEB化に伴い、アンドロギュヌスシリーズを公開していきたいと思っています。V巻目までは手書きですので、それらを打ち込みつつ、今、[巻目を構想しています。
 では皆さん、読んでいただけたら幸せよ、と前置きして、この両性具有文学サイトをスタートさせることにします。多用なる半陰陽の例を問題とし、内的意識を分析しつつ、物語にしていきます。今のワタシにとっても願望である恋愛を結婚に到る例に仕立て上げているのが、ワタシの現実の姿と異なるところです。現実のワタシは、人付き合いの要領が極めて悪いからでしょうか。



yuniyuniさんへ

ワタシの作品が、yuniyuniさんによって丹念に編集され、Web化して戴けることを感謝しています。
これらの作品は、まだ情熱のうねりから開放されていない時期の作品で、心にも暖かさが宿っているようです。その意味では懐かしさを覚えます。
また同時に、パソコンを用いたインターネット等の技術について若干入門してみたいなという現代的希望をも叶えられることとなり、多くの点において楽しみでもあります。ネットの世界は、性別に関係なく開拓できるもののようで、両性具有者にも差し伸べる食指が残っているかのようです。ワタシにやる気を出させる誘いで、大変嬉しく思っています。
貴女がHP作成に詳しく、早くも習熟されているのがわかり、夢のようで、びっくりしています。貴女の特異な分野の開拓のおこぼれに預かり、光栄です。
ネットに乗ることで日本中にアッという間に伝わるのかと思うと、期待もろとも文章に思いが乗るよう。
よろしくお願いします。




    

 両性具有文学の幕開け

 井野博美さん作品のWeb公開を提案したところ、快諾していただき、ご自身が両性具有者であることをカミングアウトする決意をして下さいました。

 両性具有文学とは、男でもあり女でもある、しかし、そのどちらかでもない、性を持つ主人公を中心として展開される、文芸作品です。
 井野さんの描く両性具有文学は、ジレンマや軋轢を内包しつつ、自己の性と向き合う日常生活を如実に語るものであり、両性具有者としての視点と感性とをもって、人間の生き方を問いかけています。

 男らしさ(女らしさ)を軸にアイデンティティーが確立され、自己の社会化は、男として(女として)生きようとすることで形成されていくという局面を持ちますが、どちらにも属さない第3の性が存在するのです。
これは特殊な形態であり、病気ではなく、一つの個性です。

 このサイトを通じ、より多くの方々にこうしたセクシャルマイノリティについての理解を深めていただき、更には、性の自己決定をめぐる今日的な課題や、男女二元論の性別社会を問い直す機会としていただけますよう期待を寄せております。


 2004.11

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