両性具有文学
・井野博美・

    宇宙の花粉  14


 こないだ、静之と一緒に病院に行った時の、待合室での 静之の態度が思い浮かんだ。その時にはあまり気にかけな かったことなのだが、急に記憶の中から浮かび上がってき た。
 ソファーに座っていた間、静之の隣に座った男性の、そ れはナンシーにも魅力的な男性美を醸し出していたが、静 之がその男性の背広の裾が、ソファーの上で横になびいて、 静之の腰に接触していたのを、静之が指を揃えて、その裾 を撫でるようにして触れている図が思い起こされたのだ。
 静之のリビドーが男に向いているんだと、俄にピンと来 たのだ、今頃になって。静之を自分の女にしておくために は、自分が男のスーツ姿になるのがいいと思い立ったのだ。 それは自分のFTM志向にも合致する事故。そうすること で、静之が自分に引き付けられると思って。
 そして、静之と一緒にFTMの会合に出席することにし た。静之は精神的には女。しかし、肉体的には両性具有な ので、肉体的に女のナンシーに、静之の男性的肉体の要素 で接して欲しい。
 それを包摂する、ナンシーの精神的男性性に囲い込むこ とが望ましいと、ナンシーは思って、自身は男装すること を思い付いたのだ。静之は精神的には女なのだから、いつ も女装していて欲しい。それが似合うし。日常生活ではナ ンシーがM、静之がFだ。
 静之の、精神的女性性が、ナンシーが男装している躰に リビドーが向くようにと思ってのことだ。ナンシーの男装 するスーツ姿にも、内部の肉体的女性の部分にも、静之の 両性具有者のリビドーが向くようにと、複雑に静之の性的 欲求を捉えようという目論見なのだ。
 ナンシーの男装した姿に、静之は、「とても良く似合う わ」と、いろいろ服に触って面白がった。静之のリビドー が自分に向いているおとを実感し、ナンシーは喜んだ。
 後は、静之の性的悪戯、つまり、ミニスカートの下にオ ムツブルマーを穿いて、若者の前で、ウンチをお漏らしす るという、捩れたエロスをどうするか、ナンシーは考え倦 ねている。こればっかりは、精神科医に相談することも憚 られる。
 男に抱かれることをどこかで欲しているが、男を性の相 手にできないという我が身の肉体を嘆いている。しかし、 女を相手にすることも容易ではない。男には成りきれない、 女にも成りきれない。
 その性愛でのエロスの行為が大きなコムプレックスと感 じられ、できないという精神的抑圧が内部で肥大化する。 自分を男から弾き出すのが、クリペニスであり、それに強 烈な劣等感を覚える。それは自分のクリペニスへの絶望か ら、他の男のペニスに対する憎悪となって発達する。
 それを何とか収めるために、男の視線の先にミニスカの 中の股間を位置し、男のペニスが大きく反り返るところで へし折ってやりたいという、歪んだ欲望となって、男の色 欲を圧殺しようとする。それが、静之のウンチョス失禁の 動因なのだ。
 性行為にコムプレックスをきたしている人間の、性的自 己確証の行為は、相手の男の性的エクスタシーを根本から 封殺したいという、攻撃型パラノイアの症状となって顕れ ているのだ。それが、男に対する静之の性的構えになって いると、ナンシーは思った。
 それでいて、自他共に、男を意識せずにはいられない。 そう察したので、ナンシーは、自身が男装することを思い 付いたのだ。こういう男、つまり、外見は男、内部は女と いう人物相手なら、静之は抑圧から解放され得るのではな いかと思ったのだ。
 ナンシーはそう思って、静之と時々性行為をすることに した。静之は躰から余計な力が抜けていい気持ちと言って、 性行為が楽しいものになって行くようだと、嬉しいことを 言ってくれた。「メス(雌)を入れるだなん」と、静之は 笑って言った。
 静之の、男の外見に惹かれる要素と、内部の女の肉体に 惹き付けられる要素の両方を満足させようという、一つの 試みはどうやら成功したようだと、ナンシーは思った。
 随分難しい人間がいるものだが、ナンシーはFTMの会合によく参加しているせいか、いろいろな性的異端の徒と 知り合え、その人達の悩みとか、解消法などを聞いて、普 通でないことには慣れていたためかも知れない。
 一つの異常、オムツブルマーの怪は何とか解消できるだ ろうと、ナンシーは思った。音大の学生達に、この店の人 がおかしなことをしていると言いふらされては、商売に支 障をきたすだろうし、何とかしないとと懸念している。そ れは静之にも話してあるが。カノジョは、了解のサインを 示してくれたので。
 ああ、良かった。

                   完





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