アンドロギュヌスの肖像U 性的偶像崇拝からの解脱
第二章 北海道にて -5- 智慧の泉
次の日の午後、ユリカは初めて西片の書斎に入った。二
階の六畳の洋室だ。英独仏の原書や辞書で本棚はギッシリ
詰まっている。何せ日本の諸学問は、欧米からの借り物で
成り立っているのだから、ことに西片は西洋の歴史が専門
なのだから、向こうの言葉を知らないことには学者にはな
れない。
ユリカは、その書棚から、カルナヴァルについての解説
書を一冊取りだし、パラパラとページをめくった。冬の埋
葬と春の予祝の祭と書いてある。思い当たる節があると思
った。自分の過去は冬だったように思えるので。それは埋
葬して当然であると。
冬の象徴として、よく、女性が魔女の仮面を被って参加
するそうだ。自分の過去は魔女だったのかどうかまだはっ
きりしないが、それは葬られなければならないと。いや、
今の自分は女の格好をしているが、男とも女ともちょっと
違う。性別とは異質の性と性意識をしている人間なのだ。
今の自分は、女の象徴のような服を着ているが、中身は
複雑に分裂しているのだ。魔女の心持ちを味わったことは
ないが、又、その仮面を想像することも、今の自分には出
来ないが、過去が埋葬されなければならないという思いが
根強いのは何故なのか、よく解らない。
玲維という存在を葬ろうと、常に意志していたことは確
かだ。しかし現実として、玲維を葬った時、自身が女にな
れるかどうか、いつも定かではない。新たな性、それはユ
リカとしてのものを模索している最中だ。今のところ、女
という、記号(シーニュ)のような外見だけがある。
ところが、そのシーニュの両側面たるシニフィアン(意
味するもの=能記)と、シニフィエ(意味されたもの=所
記)は、内実を持っていない。つまり形だけしかないので、
空白の。女という心象はそれ故、幻に過ぎない。そんなワ
タシが他人に示し得るのは、虚無の心性だけではないかし
ら。
そんなことを考えていたら、玄関のチャイムが鳴った。
二人で出てみると、昨日の三人組が立っている。二人の顔
に大きな青い痣が出来ている。児玉がひとこと言った。
「二度と東京に戻れないようにしてやる、覚えていろ!」
負け犬の捨て台詞吐きやがって、間抜けめが、今度来た
ら、オホーツクの荒波に沈めてやるぞ、とっとと失せろ!
西片が威勢よく、握り拳をつくって言い返すと、三人は
怯えたように背を向けた。彼らは去って行った。
「これで、僕がN同と手を切ったことは、嫌でも知れる。」
いいえ、これだけでは駄目よ、東大の保守的教授連の意
識に対しては。二週間に一度づつ、絵葉書を出すことね。
それにチラチラと、N同とはきっぱり縁を切りましたと書
き入れなきゃ、伝わらないわよ、きっと。」
西片はフムフムと頷きながら、ユリカを再び自分の部屋
に連れて行った。階段は螺旋状になっている。少し見回す
と彼の部屋には、喫茶店にあるような、ガラス張りの冷蔵
庫がある。中には、ビールの小瓶が五本入っている。その
他、帯広産のバターやチーズ、それにパン、鮭の薫製や羊
の肉の腸詰めなども入っている。
西片は、ユリカがそれらを見ているのに気付くと、スー
パードライを一本取りだし、グラスに一杯ずつ入れた。そ
して、
「この本お願いしますよ、一番手頃な仮面の入門書なん
ですが、日本ではまだ訳されていないんです。十年前にパ
リで発刊された代物なんですが。日本人に向いているんで
すけどね、神楽とか能楽も出てくるし、日本の面に興味を
持っているという貴女にもぴったしですよ。」
そう言って西片は、手にしていた中ぐらいの厚さの本を
ユリカに手渡した。「仮面の現象学」という意味のタイト
ルがついている。写真もたくさん入っている。
「これは、メロヴィング朝のにはほんの少ししか触れて
いませんが、仮面の持つ基本的性格が詳しく紹介されてい
る名著で、時代を超えて通用するものだと思うんですよ。
ジャン ・ ジャック ・ ピオッフォニール っていう、新
進気鋭の学者の処女作なんです。今では中堅の学者ですが。
お願いしますよ、手伝って下さい。」
ユリカは、少し読んでみた。こういう本を読んでみたか
ったのだとすぐに解った。自身が内心抱いている、外面と
内面、神界と異界と現世現在の交流などについて、フィロ
ゾフィックに解説してある。
ユリカは、こういう文章が自分の心の裡以外に明らかに
なることに戸惑いを覚えた。それほど見事に、仮面を被る
意識に踏み込んでいるのだ。やはり世界には、同じような
内面世界を構築している人間がいるものだということを、
見せつけられる思いがした。
「どうです、この人の文章いけるでしょう!?」
ユリカは頷き、決心した。
「とてもいい本ね、この原本を戴けるならお手伝いして
もいいわ。」
「勿論です。」
コピー機があるので、まず、このフランス語の本を全て
コピーすることから始めた。西片は気前よく原本をユリカ
にプレゼントし、自分はコピーで読むことにした。
ユリカにとって、智慧の泉の畔で修行する思いのする二
ヶ月が、ここに始まったのである。毎日、昼下がりの三時
間を、この本を訳出するために、西片の部屋で費やした。
冒頭の序文の数行をご紹介しよう。
−−− 人は皆、現実を見ているようでいて、見てはいないの
である。いや、現実以上のものを見せつけられても、まだ
気が付かない人の方が多いのである。それは恰も、仮面の
眼差しが全ての時空を覗いていながら、人間には単なる空
洞にしか見えないかのごときものかも知れない。
しかし、注意深く見るならば、仮面の眼差しは、人間の
意識以上の現実を垣間見せるのである。神でさえ現れ、生
ける人間と対話し、人々と心を分かち合い、互いの幸福を
祝い合い、神界の世界が崇拝され、地上の生活が浄化され、
それを人々は感謝し、神の御心を畏怖し、ご尊顔を拝する
ように仮面を見つめる時、人々は皆、神の眼差しに見入っ
ている自己を発見するのである。
このようにも仮面の眼差しは、現在を超越するのである。
にもかかわらず、仮面は偶像ではないのである。単なる擬
人化された神性の象徴に終わるものではなく、逆に人間の
意識の諸側面の表徴を仮面に投影したりしているのである。
その洞窟を通じて、人は、過去・現在・未来・、神界・
異界・現世の自分の意識を覗けるのである。そのような自
分の姿を映像化し、招聘するのである。
にもかかわらず、人は、仮面の眼差しの作用に普段無頓
着である以上に無知である。霊なる思念に気が付かないの
と同様である。人間の思考力の不思議な部分である。裡な
る神に気が付かない、認識の構造によるのかも知れない。
それは一種の法則でさえある。自分の存在を解明出来な
いのは人間の肉体だけではない。仮面の空洞から描き出さ
れる神界の宇宙も、又、現実世界を許容している宇宙の存
在理由も不明なのであるから、その中で生まれた人間の認
識の構造が自分自身に解らないのは当然かも知れない。
不分明なものを「無」と、人間は考えがちであるが、無
と神と死の区別ぐらいは太古の昔よりしているのである。
しかし何故に人間は、それらを同じ仮面の眼差しにより垣
間見るのであろうか? 神を招き、死霊を呼び覚まし、そ
して対話し、再びそれぞれの世界に送り返すのは、何の働
きによって可能なのであろうか?
いかがわしいあらゆる類の呪術師達をまず除外し、正常
なる状態の人間に起こる現象として、仮面を見つめる行為
により交感される、宇宙世界を考えてみよう。確かにある
のである、そういう世界が。
その世界は、現実世界の一部であると同時に、別の世界
を引き寄せてもいるのである。いずれ人類はそのことに気
がつくであろうことを、私は断言する。
男と女でさえ、その仮面の同じ洞窟から仲良く融合して
出てくるのである。性とは、通常考えられているようには
別個のものではない。このことにも人は普段気がついてい
ないが、時として認めるのである。離れている時も、一緒
にいる時も、男と女は常に対意識をなしているのである。
それから逃れることは出来ない。
現代の量子力学の、光子の観測のように、観測機を備え
て睨むと、通常考えられている運動とは違う動き方をする
ように、性も、性的眼差しで見つめると、男と女の間を目
まぐるしく行き交うのである。性別とは、その変化の一様
式に過ぎないのである。互いに侵犯し合うからこそ、個と
性別が成り立つのである。
男らしさとか女らしさというのは、固定されたものでは
なく、ほんの気まぐれに過ぎない一時のものなのである。
それは恰も、キリスト像に男と女の両性の違いを同時に見
込むのにも似ている。
これらは、人間が持っている、確かな認識能力である。
それらを明らかにするのが、本書の主眼である。それでは、
多種多様な仮面の分析を初めてみよう。 −−−
こういう出足なのだ。ユリカはたちまち気に入ってしま
った。自分が無意識の裡に培ってきた内的世界を見事に描
出している。
ユリカは、ワープロに訳を打ってゆき、それを印刷して
コピーを撮り、西片に渡した。ワープロは西片のだが、彼
はそれをユリカに使わせ、印刷されてゆく訳を、専門用
語に直したり、漢字をたくさん使ったりして、学者らし
く整理していった。一日に八ページぐらいのスピードで丁
寧に訳していった。
「やることがあるというのは幸せだなあ。」
と、西片は嬉しそうだった。
七月の中旬、大学が夏休みに入る直前、考古学班がこの
研究所にくると知らせがあり、それまでにユリカは、一冊
訳し終えた。教授一人と、大学院の学生が二人来た。西片
はその接待に気を配った。大学と関係を保つのはこういう
時だけなので、気を引き締めざるを得なかった。
何分、助手になった途端ここに配属されたので、接待の
仕方をよく知らない。目下の院生に先を越されるのかとい
う不満と不安が、教授の前で唯平身低頭させた。そんな卑
屈な態度を取らざるを得ない我が身を呪った、院生を睨み
付けながら。外面は朗らかさを装っていた。
それでも西片は、そつなく、N同と縁を切ったことを伝
えた。そして、翻訳した本の原稿を教授に見て貰った。そ
のせいもあって、教授は、西片の研究熱心さを褒めた、自
分の領域とは違うのだが。
彼らは三泊して帰ったのだが、帰る前の晩、ユリカも参
加し、ちょっとしたパーティーになった。教授はユリカを
見るなり、
「貴女、ドイツ文学の里中教授の娘さんじゃありません
か?」
と尋ねた。
「いえ、その人は私の伯父に当たる人です。」
ユリカは澄ました顔で応えた。ほーっという顔で教授は
ユリカをしばしの間見つめていた。西片は内心、しめたと
思った。その人に後押しして貰えれば、早々に東京に戻れ
るかも知れないと。
彼らは翌朝、去って行った。学者にとって、休暇中は学
問の書き入れ時なのだ、自分の分野を研究するべき時なの
だ。のんびりしているわけにはいかない。研究好きな人
物には嬉しい季節だ。
ユリカとパパは、七月いっぱいで東京に引き揚げること
にしていた。八月になると北海道は、学生達がどっと訪れ
る観光シーズンで、近くの宿もユースホステルに変身する。
その騒がしさを嫌って、パパはそうなる前に帰るつもりな
のだ。
サロマ湖畔にいる間に、パパは八点の油絵を描きあげて
いたが、今年は少しペースが遅いとのことだった。帰った
ら大急ぎでたくさん描かねばと、心を強く持ったようだっ
た。
考古学班が帰った次の日の昼下がり、網走に本部を置く
N同支部の組織員が、研究所にトラックで乗りつけた。管
理人は、六人ものあらくれ男と乱闘になったら大変と思い、
所長は今旅行中で留守だと言って、西片と会わせないよう
に努めた。
西片も危険を察知し、勝手口から逃げだし、ユリカ達の
別荘に避難した。組織員達は管理人を押しのけ、西片の部
屋を探したが、確かにいないので、本棚を倒して玄関口に
戻った。
裏切り者、ここに島流しになったぐらいでひっくり返る
とは情けなさ過ぎるぞ、たわけめ!
と、口々に罵って帰って行った。西片はすぐに戻って部
屋を整理した。そこに管理人がやってきて、忠告した。
ここにいらっしゃる先生方は皆さん政治活動の前歴がお
ありのようですが、皆さん宗旨変えなさる。でも三年ぐら
いは頑張る方が多かった。先生はたったの一ヶ月でこけち
ゃった。ちょっと早過ぎやしませんか?
先生のように悟りの早い人は初めてだ。普通は、着任後
暫くして、仲間の人が慰めに来るものですが、先生の場合
は違う。言い争いに来ていきなり殴り合いだ。気が短か過
ぎやしませんか。総じて血の気の多いことは確かなようで
すなあ、その分、献血でもすれば有り難がられるに違いな
いですがねえ。
それに女の人を連れ込んだ人は、今までに二人ほどいら
っしゃいましたが、二ヶ月以内というのもスピード新記録
ですねえ。それも碧い目の外人さんが相手とは、前代未聞
ですなあ。
しかし、女には気をつけた方がいいですよ、私の玄関
払いだけでは済みませんよ、大学に泣きつかれたら、あん
た、もっとひどい所に飛ばされちまいますよ。私は田舎爺
だからよう判りまへんが、あれ、何とかいいましたねえ、
そう、国際問題ですよ、そうなるんじゃないですか。それ
に最近では、「セクハラ」ですよ。早く手を切った方がい
いですよ。」
管理人はそう言って、意味深げな顔をして引き揚げて行
った。心中「お前もか」とでも言いた気な顔だった。夕食
後、管理人が珍しく、珈琲を入れて西片の部屋に持ってき
た。
「ここに回されてきた先生の中で、私の知っている限り、
T大にお戻りになられたのはたったの一人きりですよ。そ
の人は「日和見派全学連」だとかおっしゃっていましたっ
け、おふざけになって。
あんたはどうかな、今のところいい線行ってるとお見受
けしますがね。せいぜい励むんですな、学問とやらに。着
任後一ヶ月で玄関払いさせられたのも新記録ですよ。まあ、
ここだから玄関払い出来るんでね、東京ではこうはいきま
すまい。ここにいる間にしっかり抜けるこってすな。
翻訳の手伝いを終えたユリカは、ここいらの光景をたく
さん写真に撮った。地平線の見える景色は初めてだったの
で、印象的だった。七月も半ばを過ぎ、昼間の気温が二十
八度になっても、その夜はヒーターを入れなければ寒くて
仕方がないという日もある。
西片は根っからの学問好きで、テレビはニュースだけ、
歌謡曲は聞かない。小説を読まない。雑誌も見ない、ラジ
カセは埃を被っている。官能的にかなり鈍感というか、錆
び付いている。ここに送り込まれただけで、精神的ショッ
クを受け、感官の失調をきたしているらしい。
大らかさがない、男らしい覇気がない。冷や飯食いの虜
になっている。ここは確かに、冷気に閉じ込められた悪夢
の彩りとしか言い様がない。未来は暗い。現実界から目が
反れてゆく。権威におもねることばかりに気を取られる。
ユリカがミニスカ姿で、ズロースのお尻をちらつかせて
も、彼は微笑みすら浮かべない。心が乾涸らび、潤いが失
せている。北国の寒空の下、生物など棲息しているとは思
えない銀灰色の、非有機的海水の荒波を見ながら、学者と
しての孤立に浸りきっている。現実性の喪失を早くも体現
している、この歳で。
時々、ユリカが運転するFSX に乗って、オホーツク
沿岸をドライヴなどしていたが、それがあまりに寂しい景
色に見えるのか、彼の顔は青ざめてゆくばかりだった。網
走のお寿司屋さんにも数回行ったが、彼にとっては、食い
気も縁がないかのようだった。この人大丈夫かしらと心配
になる。
パパは、七月の三十日にサロマ湖を去り、釧路で一泊
して、海路東京に戻ることに決めていた。ユリカは別れが
近づくにつれ、西片の顔が蒼冷めてゆくのが哀れでならな
かった。しかし、来年の春には、二人で訳した本が、ある
出版社から発刊されるだろうから、気を強く持つようにと
言った。
ユリカ自身、どことなくインテリになったような気分だ
が、学問への参与は、あまり面白くないようなので、これ
ぐらいで打ち止めにしたかった。西片は最後に、ユリカの
伯父の里中教授に頼んで、一刻も早く東京に戻れるよう手
配して欲しいと本音を告げた。ユリカは頷いた。そして、
自分はお人好しだと思った。
いよいよ、海水浴も出来ない無機質な冷たい海辺を去る
時が来た。その海の、冷たい波紋の、荒々しいオホーツク
の波に洗われて、ユリカの感性にも、ここにいる人間達が、
砂浜に転がる孤独な貝殻のように寒々としていると感じら
れた。
西片は差詰め、オホーツクの宿借りといったところだが、
ユリカは、どこに行っても女の殻を被った宿借りのような
気がした。二人を見送る西片の目は、本当に寂しそうだっ
た。ここでは、人と付き合うとこうなるのだと、彼が悟っ
たかどうだか判らないが、悲しい別れみたいとユリカは感
じた。
「グッド ラック! ムッシュー!」
と一言、ユリカは彼に声を掛け、車を発進させた。
ユリカが去ると、管理人は一安心した。
「自分の方から出て行った女は今度が初めてですよ。今
までの二人は、私に追い出すように頼まれて、せん方なし
に私が意地悪をして、這々の体で所長さんの立場を守った
んですよ。二ヶ月以内に自分の方から出て行ったのは、貴
方に魅力がなかったからかな、肉体関係にまで達しなかっ
たのは、どういうわけです?」
「あの娘さんは、ドイツ文学の教授の姪に当たる人で、
ここに泊まる資格がある人でした。一度も泊まりませんで
したが。教授に睨まれるようなへまはしませんよ。彼女は
白鳥なんです、きっと迎えに来てくれますよ。」
「ほう、文学部の教授さんの、そりゃあいいことなすっ
た、あんた、栄転するかも知れませんな。」
老人は半ばいまいましそうにそう言った。
ユリカは、サロマ湖畔はあまりにも寂しいということを、
官能的に焼き付けられる想いがして、あたしは都会人なん
だわと、痛切に感じさせられた。緑為す大草原が、人間の
官能を強烈な孤独となって占領してしまうという、思って
もみなかった事態を味わってしまった。そうなると、その
孤独が躰の内部から官能を固めてしまうかのようだった。
そして、大草原の淡い緑色に染まる景色の空気が、その
色の粒子でぎっしり詰まったものに感じられ、呼吸するの
も苦しい。その空間の萌えいずる空気が胸を浸潤して、呼
吸困難に落とし込められるようだった。それは過度の孤独
という現象を胸に拡げるかのように、乗り移ってくる。
そういう大草原の魔の孤独の一要素になってしまえと、
大自然がワタシを飲み込んでしまいそうなのだ。それは狂
おしい感性の次元での出来事だが、それに、何の抵抗も出
来ずに理性が埋没していってしまいそうなのだ。自己喪失
の危機とでも言うべきか。
それは、ユリカが、初めてパパの家に住むようになった
時に感じた、自分の世界より広いスペースが、自分には少
なからず広過ぎて、怖ろしいと感じたことの延長線上にあ
るように思えた。
西片とのお付き合いは十分こなせたが、大自然の能力に
は到底太刀打ち出来なかったなあと、帰り道で思い知らさ
れた。そこに住んでいる人間を皆、孤独の一要素にしてし
まうのだから、孤独な大自然の猛威は凄まじいわと、ユリ
カは感じ、そういうところからは、意を決して逃げ出さざ
るを得ないように思われた、自己を優先するためには。
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